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茨城県那珂市額田の観光案内(額田城・額田藩・神社・寺・祭り等の名所・パワースポット):額田城跡保存会

額田城想定図
有が池側から見た額田城
額田七運観光パワースポット
茨城県那珂市の額田城跡の空撮写真
茨城県最大の城跡 「額田城跡」
悠久の歴史のふるさと那珂市額田の観光案内

茨城県那珂市額田の額田城・額田藩等名所・パワースポットの観光案内ニュース


  •  本日、片庭橋の整備、塗装を行いました。木の葉に覆われた橋をきれいに清掃し、その後、塗装を施しました。ところどころ腐食に犯されてましたが、まだ底が抜けるような心配はありませんでした。塗装作業中に散歩を楽しむ近隣住民の皆さんが「ご苦労様です」と声をかけてくださいました。塗りたてで、ご迷惑をおかけしましたが、どうにか乾いたところを通って渡って頂きました。今回は、2度目の塗装なのでそれほど困難なく、無地..

  • 一昨年はNHKで茨城弁が注目を浴びました。今年は那珂地方の方言を掘り起こしてはというていげんがなされ呼応するように活動が開始されました。まずは現在までの思い当たる方言です。ご覧ください。あ あんべわるい 体の調子が悪い。体調がわるい。 あったらもんだ もったいない。あんぽんたん 馬鹿にした言い方。馬鹿 あっぺ あるでしょうね。あ あんべわるい 体の調子が悪い。体調がわるい。 あったらもんだ もった..

  • 年頭所感 昨年末は殊の外、寒い日が続きました。年に数回の大寒波が日本列島を覆い、交通機関にも影響が出ました。一年間を振り返ってみると、西日本のや北海道で記録的な豪雨が襲い200人を超える死者が出ました。世界的にも異常現象が見られ、気候変動の一因と思われます。 なか環境市民会議でも、一昨年、策定いたしました「なかアジェンダ21」の普及啓発に取り組んでいますが、市民への浸透はまだまだです。自治会、各種..

  • 梨の礫や熟んだ柿をつかった果物のことわざがある。梨のつぶては 〔「投げた小石のように帰ってこない」の意。「梨は「無し」かけたもので返事のないこと。たよりのないこと。 「いくら聞いても返事のないこと。熟んだ柿潰れたでもねえ。熟んだ柿が潰れるははっきりしないさまを表す。よく祖父に言われたことがある。はっきり返事しなかったり、態度を表明しなかった時である。平将門にでてきた。茨城の方言である。

  • 皆様、あけましておめでとうございます。昨年はまた皆様方のおかげで充実した活動を展開することができました。金が信念は2020年に向けての五輪金メダルをもじったものです。いよいよあと一年でその年がやってきます。本HPは額田城跡保存会、環境市民会議なか、更には観光ボランティアガイド那珂の合同で運営されています。昨年は多くの方が額田をはじめ、瓜連やその他の那珂地区に訪問されてきました。多くの方々が年々お客..

  • 平成の年号もあとわずか、水戸市にこのほど、竜神神社が建立された。地域は水戸二高の通りである。建築棟梁は額田南郷の小田倉工務店の小田倉敏行氏の手によるもの。ビルの空き地に素晴らしい建築物が建立されている。

  • 11月17日にひたちなか市より額田駅に63名の万歩の会の皆さんが降り立ちました。鱗勝院、二本松藩士の墓、向山常福寺跡、阿弥陀寺、額田城跡と歩きました。額田城跡では保存会の皆さんのお出迎え、甘酒をふるまい、大歓迎。額田神社の山車に驚き、帰りに引接寺によって、帰途に着きました。

  • 小野崎氏の故郷は瑞竜小野でもある。その地域の皆さんがやってきた。瑞竜白鷺会文化部の人たち。沼田代表をはじめ15名の皆さん。茨城新聞の小田内さんも加わった。小野崎氏と小田内氏は同じ二つ巴の家紋である。額田城主の弟分が向山の小田内郷に入り、小田内を名乗ったとある。毘盧遮那寺、額田神社、阿弥陀寺を回って帰途に着いた。額田城郭の広さ、額田神社の山車にびっくりしていた。額田神社総代長原公史さんの協力も山車会..

  • 額田城跡へ観光客がやってくる。本日、10時、瑞竜白鷺会文化部の皆さんがやってきます。昨日は太田史学会の役員の皆さんが下見にやってきました。11月17日にはひたちなか万歩の会の皆さんが10キロのウォーキングに挑戦し、額田駅に集合します。40名の方々が額田を歩きます。出会ったら挨拶して迎えてください。額田城跡保存会の方々がアマ酒を沸かしおもてなしをするという情報が武藤博光会長のほうから得ています。当日..

  • 農作業の藁やくさ、林業者の枯れ木や小枝を燃やすことは認められています。また、神社仏閣のしめ縄やお札類も燃やすことを認められています。庭先の落ち葉や小枝等の焚火も認められています。植物を燃やすことはCO2を燃やして排出することは認められています。オゾン層の破壊にはつながりません。ビニールや発泡スチールのようなものを燃やすことは禁じられています。相手が農林業従事者か否かも判断の基準です。農業従事者も洗..

  • 茶は服のよきように点て炭は湯に沸くように置き冬は暖に夏は涼まいつき敷く花は野の花のように生け刻限は早めに降らずとも雨具の用意相客に心せよこれをおもてなしの利休の7則というそうだ。観光ボランティアガイドを含め、額田の人たちの顧客を迎える姿勢について考えさせられる。額田に団体客が毎月来るようになった。これをどうしていくかを考えねばならない。この原則から言えば普段着で自然体でごく当たり前のことを方言丸出..

  • 第4次伊藤博文内閣を総辞職に追いやった東京地検検事本田桓虎のルーツは額田北郷であるが上京して消息は不明であったがこのほどネット上からわかることができた。花谷守正 氏の情報より参照: 祖父の本田桓虎は茨城県那珂郡額田北郷において本田與八の長男として慶応2年(1866)7月25日出生、その後伯父兵七の養子となる。明治17年10月司法省法学生を拝命、次いで東京帝国大学に入学、同26年仏法科を卒業後司法省..

  • 戦国大名佐竹義宣について調査、義宣の母(義重の室)と伊達政宗の父とは、兄妹にあたる。よって、伊達政宗とりあえず従兄であることが分かった。義宣は江戸時代の1633年まで生きた。63歳で亡くなっている。父義重は鬼義重と綽名されるほど勇将ぶりを発揮して北関東に強大な勢力を築き上げた。義宣の弟に会津の葦名盛重がいる。盛重は佐竹から養子に入る。名族葦名氏の佐竹氏への従属の表れでもある。後に葦名盛重は改易とな..

  • 来たる11月14日に常陸太田市の小野崎氏の本拠地瑞竜小野より老人会の皆さんがやってきます。地元から出た小野崎氏が活躍した額田小野崎氏の居城を見たいという意図のもと訪問してきます。

  • 現在常陸太田市の郷土資料館『梅津会館』において佐竹企画展『小野崎一族と 薩都神社』を開催しています。額田小野崎氏についても展示中。本日同会館において10月14日(日)午後1時30分から開催する講演会については 駐車場が狭いにも拘わらず,聴講者はかなりの員数になると思われ混雑が予想されましたが立ち見であり、残念ながらも聞き取れず、途中やむなく戻りました。せっかくの講演会でしたが入りきれないほど集ま..

  • 本日、額田城跡の管理作業を実施しました。過日の台風による倒木の片付けや、草刈作業です。今回は、額田地域外からの多数の参加により、より広域な範囲の清掃作業ができました。■遊歩道が心地よい遊歩道は、台風の影響で小枝などが散乱した状態でしたが、NukadaGirls(おばちゃん達)のいつもの連携プレイにて、すばらしくきれいになりました。散歩が気持ち良くできます。■ヒイラギが無残天然記念物 推定樹齢:約2..

  • 先日、発見された額田城主小野崎穐昭通の直筆の手紙の画像です。木田余氏へのあて先が書かれています。

  • 石川啄木の短歌で『故郷の訛り懐かし停車場の人ごみの中にそを聞きに行く』という短歌があるのですが、この詩については上野駅に行けば故郷の方言に接することができる。ていしゃばと呼んでいるところが幼期を思い浮かべる。その当時、額田駅は有人駅であった。駅舎に何人かが働いていた。改札口で切符切りの人が立っていた。向かいに通運の倉庫があり、芋俵が高く積まれていた。乗用車がない時代で停車場は賑わっていた。いつ頃か..

  • 日頃からの額田城跡管理作業でのチェーンソーの腕を買われ、額田神社に併設される淡嶋神社鳥居を直撃した倒木の撤去を行いました。淡嶋神社の鳥居は、先日の台風により鳥居近くの大木樫の枝が折れ、鳥居に直撃し無残な姿となってしまいました。枝の大木はワイヤーで吊りながら丁寧に切断して、除去しました。宮司はじめ総代、氏子の皆さんも大汗かいて撤去作業にあたりました。たいへんご苦労さまでした。後の鳥居修理がたいへんだ..

  • 10月7日、額田地区の敬老会が額田小学校体育館で開催されました。当保存会の相談役の原御夫妻様をはじめ、理事の中島様、小川様、澤山様、永井様等多数が敬老のお祝いを受けました。海野那珂市長様多数のご来賓方々よりご祝辞を頂きました。終始なごやかに敬老会イベントを楽しんでおられました。本当におめでとうございます。また高齢であるにも係わらず、毎回の額田城跡清掃活動ほんとうにご苦労さまです。

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